第8回復興地の今を鶴姫さんのヤフーブログから紹介します。


復興地からの情報を現在も支援活動されている方々に聞いてみました。
復興地の今
テレビでは映らない、ラジオでは聞こえない、ネットの記事もない。
そんな状況下でも支援活動を継続している彼、彼女に質問してみました。
今なにが必要で、どうのうなことが大事かと。


第8回復興地の今を鶴姫さんのヤフーブログから紹介します。
今回、サポートネットワーク☆空という復興地支援を続けていらっしゃる、
ブログ名、鶴姫さんのヤフーブログ内の記事からご紹介させていただきます。


石巻・長面地区で捜索開始


きのう10月8日のニュースです。
この地区では大川小学校の児童4人を含め、38人が行方不明のままです。
写真は10月3日に撮影したものです。台風の通過直後だったので、このような状態ですが。

ここは沼でも川でもありません。かつては宅地・田畑が広がる農地だったそうです。
確かに、車から降りて見てみると住宅の基礎などが水の中に見えました…。
道路は未だに砂利道で車同士がすれ違う事さえ出来ません。所々に待避所はありますが。
少しの手掛かりでも見付かってほしいです。

そしてここをさらに東へ進むと、未だに電気さえ復旧してない集落があります。
周辺に電柱が一本も無いので疑問に思い、すいかちゃんに聞いた事です。

震災から1年7ヶ月が経過しようとしています。

3・11は過去の出来事になってる方々も多いでしょう。
しかし未だ手付かずな場所は数多く存在し、何も進んでないのも現状なのです。


大川小 <宮城県石巻>津波にのまれ94人不明   <3月20日 河北新報>
大川小学校を襲った津波の悲劇・石巻記事より引用させてもらいました。

大津波にのみ込まれ、児童108人のうち84人、教職員は13人のうち10人が行方不明となった石巻市大川小。
北上川の河口にほど近い学校で起こった現実を、どう伝えたらいいのだろうか。

児童が下校準備をしているとき、地震が起きた。全員が校庭に避難した。
児童の一部は迎えに来た親と帰宅したが、校庭に残った子どもたちが悲劇に見舞われた。

「ゴーという音と一緒に、川から津波が襲ってきた。みんなで校庭の脇の山に登ろうとしたけど、間に合わなかった」。
5年生の只野君(11)も濁流に飲み込まれ、気が付くと山に中に体が半分埋まっていた。
そばにいた友達に助け出され、九死に一生を得た。

が、校庭で一緒にいたはずの2年生の妹は行方不明。
祖父の安否は分らず、母は遺体で見つかった。
父と祖母とは避難所でようやく再会できた。

只野君の母は震災当日が誕生日だった。
夜には家族みんなで盛大に誕生会を開くはずだった。
「妹は誕生会の進行を考えていて、とても楽しみにしていたのに…」

捜索が進む現場では、毎日のように子どもたちの遺体が見つかっている。
むごたらしい現実を目の当たりにしてもなお、
只野君は「みんな生きていてくれると信じたい」と「僕もくじけていられない」と自らを奮い立たせる。

只野君の祖母アキ子さん(64)が、涙声で思いの丈を振り絞った。
「私が死んだ方がましだった。哲也には、被害に遭った子どもたちの分もしっかり生きてほしい」

きずな47.ネットから
現実は置き去りにされそうになっています。
まだ、帰ってきてくれない お子さんを待っている人がたくさんいること忘れてないでください。

2012年10月11日作成:遠藤

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